SF作家・眉村卓氏インタビュー
漫画『マゲとリボルバー』を斬る!

2017/04/07
ビッグな名作が生まれる現場! 第6回『マゲとリボルバー』

現在「eBigComic4」で連載中の『マゲとリボルバー』(原作 高橋遠州/作画 盛田賢司/原案・設定 A・ドワノ)。
「もし江戸時代の町並が、現代の東京に“時空転移”してきたら!」という奇想天外な発想の中、江戸幕府の公儀隠密・神保兵衛と、警視庁公安部の桜田刑事がバディを組み、犯罪に立ち向かうチャンバラ✕ガンアクション活劇!
連載化を記念して、日本のSF作家第一世代として、日本のSF界を牽引してこられた日本SFのレジェンド・眉村卓先生に、『マゲとリボルバー』の冒頭、第1話と第2話を読んで頂き、感想をお聞きしました!


――『マゲとリボルバー』を現在(取材時)、公開中の第1話、第2話をお読みいただきましたが、率直な感想をお聞かせいただけますでしょうか。

眉村 面白かったですよ。ただSF作家としては、これは「SF」というよりも「アクション作品」だと思いながら読みました。
僕は漫画の専門家ではないので、そのつもりでお聞きいただきたいのですが、SF作家としては、「自分だったらこうしたい」という意見をお話ししたいと思います。

――ありがとうございます。よろしくおねがいいたします。

●現代にやってきた“江戸”は、どの時代なのか

眉村 この物語の「江戸時代」の時代設定はいつなのかな?

――後々明らかになるかもしれませんが、いまのところはまだ、作中にはハッキリとは出てきていません。

眉村 それを決めておけば、「江戸時代」といっても、家康から慶喜まで、それぞれの時代の特色や色々なエピソードがありますから、そうした時代風潮を生かしながらの有名な登場人物や事件、それが使えるんですよね。どこかの藩のお家騒動があったら、それを絡めると生き生きしてくるでしょう。具体性があったほうがいいんです。
たとえば、それが慶喜の享保の改革の時代であるのか、田沼意次の時代なのか、松平定信の寛政の改革の時代かで話が変わってくる。
田沼時代なら、昔の教科書にあった田沼時代と違う田沼時代にするとか。

――田沼時代は、商業経済が発達した一方で、賄賂が横行した時代と習いました。

眉村 ぼくらが学校で習った時には田沼時代は「悪い時代だった」という評価だったけど、近年は再評価されていたりしますね。小説でも、たとえば『剣客商売』(池波正太郎)の主人公は、田沼意次に愛された剣客なんですよ。
同じ池波さんの作品でも『鬼平犯科帳』の場合は寛政の改革の時代だけど、松平定信は鬼平をあまり買っていなかったとか。
この作品(『マゲとリボルバー』)の場合、の現代と合わせるのであれば、いつの時代が面白いんでしょうかねえ。

●”マゲリボ”のタイムスリップをSF的に考証する

マゲとリボルバー

眉村 あと、場所は江戸のどの辺でしたか? 江戸の町名まで特定しておくと、それを元にお話が作りやすいですね。

――時空転移したのは台東区、江東区、墨田区、中央区、北区の一部ですね。東京スカイツリーごと、周辺の地域がまるごと、といった感じです。

眉村 もし、仮に江戸時代の方にもスカイツリーが転移しているのであれば、主人公たちの世界では、過去の歴史の本や、昔の随筆などを読んだら、「こんな奇怪な塔が出現していた」みたいな記述が出てくるかどうか。もし、歴史が変わっているのであれば、現代の「歴史」の中にもスカイツリーがある江戸が出てくるのですが、これはどうなるんでしょうね? ややこしくて手に負えなくなるかもしれませんがね。

――今のところはそういったタイムパラドックスが登場するかどうかわからないですね。

眉村 SF的に見れば、江戸にスカイツリーが来たら、江戸は歴史が変わるじゃないですか。「スカイツリーがなかった歴史」と「スカイツリーがあらわれた歴史」。

――歴史の流れ、世界線が分岐しますね。

眉村 たとえば、江戸が変わってしまうことで、幕末に勝海舟と西郷隆盛の出会いがなかったら、江戸城無血開城はなくなる。江戸は火の海になって、明治維新もなくなる。

――それにつながる現代も改変されてしまいますね。

眉村 ぼくが以前に書いた「名残の雪」という短編作品があるのですが、読者をだまくらかして、歴史が改変される前の世界と、改変された後の世界を両方の世界を書きました。

――「名残の雪」は『幕末未来人』『幕末高校生』などのタイトルで何度も映像化されている名作ですね。主人公がタイムスリップして幕末に飛ばされ、戻って来た現代は、元の現代とは歴史の流れが違う現代だったという。それをカレンダーの元号がちがうことで、読者にもわかるという物語でしたね。

眉村 読んでいる人は、最後まで自分たちの世界の話だと思っていて、ラストで「ああ、そうだったのか」となるように、です。

――『マゲとリボルバー』では、そのあたりの全貌はまだ見えてきませんね。

眉村 この作品は面白いので、このあとどうなるのか気になります。この世界の歴史を詳細に調べて書けば、調べるほど面白くなると思いますよ。

●時代考証の難しさ

マゲとリボルバー

――時代物の考証はとても難しいといいますが…。

眉村 たとえば、公儀隠密っていうのはいつの時代から出来たのか。よその藩邸に入れるのか。「御庭番」だったら出てくるのは吉宗以降で、普段は江戸城の中で雑用をしているとか。
同心は足軽身分なので、与力と違って、たてまえとしては一代限りで、袴ははいていないとかいろいろな決まりごとがあります。
今のところ、この作品には江戸の女性は出てこないですが、今後出てくるのかな。考証家の方に言わせると、既婚女性は本当はお歯黒を塗ってなきゃいけないっていうんです。

――ドラマなどでも、なかなかお歯黒まではやっていないですね。

眉村 ぼくも「名残の雪」は短編でしたが、京都などに取材に行ったりして、かなり調べました。歴史物って、それくらい考えてやっていかないといけない。こわいですよ。
でも、このお話全体が、今の歴史とは違う「別の過去」と「別の現代」にしてしまえば、全部OKになるんですよ。
SFだと辻褄をあわせる必要がありますが、設定をそういう形にかえることで、時代考証はクリアできますね。
あとは、「漫画なので、考証にはそれほどこだわりません」という選択もありますが(笑)。

●この設定で作品10本はできますよ

――『マゲとリボルバー』の中では、現代に来た江戸人は難民のように扱われています。

眉村 「難民」という問題でいうなら、現代人が江戸時代に飛ばされた方が「難民」としてはしんどいでしょうね。
江戸時代の人と現代人はどちらが強いかとえいば、それは江戸人でしょう。
たとえば、現代の人が、ハッと気づいた瞬間に江戸時代にいたら、現代人ですから、生活力もない。彼らは江戸の世界でどうやって生きていけばいいのか。
現代人が過去の世界で難民になる。そういう難民問題もありますね。
それで1作できます。堂々たる文学になりますよ。

――堂々たる文学ですか!

眉村 それから、転移してきた江戸が、現代と同じ時間軸のものだと思っていますが、それぞれ別の時間軸の江戸と現代が転移したというパターンも考えられますね。
だったとしたら、入れ変わったんじゃなくて、それぞれ移転元の江戸と東京は衝撃でバラバラになって、その地域が消失してしまっているかもしれない。ごちゃまぜになってのハチャメチャも楽しいでしょうね。
これでも1本、作品ができるでしょう。

――そのアイデアは、めちゃくちゃ面白そうですね。

眉村 あと、たとえば、主人公の刑事の階級も、警視だと通常、30代後半以上なので、若すぎるかもしれないけど、警視のかわりに異世界に行ったことにして、「警察少佐」みたいにすれば、問題ない。主人公が江戸に行って、東京に戻ったら警視少佐って呼ばれる別の東京だったというのも面白いですね。「俺の知っている歴史はどこに行った」と。それから、もう一度、自分が警視と呼ばれる「現代」に帰るとか。
この作品の設定はいろいろ広がります。「もし、昭和20年に戦争に負けなかった世界」とか、いろいろ違う物語がたくさん作れそう。ただしこれは根拠づくりが大変だけど。
これでいくらでも作品を書けます。10本は書けますよ。

――じ、10本ですか! あまりいろいろなアイデアに言及されると漫画家さんが困るかもしれませんので、このあたりで……ですが、今のところ、構想はご指摘いただいたアイデアとはまた少し違う感じの計画のようですので、ぜひ、今後の展開にご期待いただければと思います。

●「SF化する現代」を生きるために

――さて、ここからは、今年、82歳を迎えられた眉村先生ご自身の近況や、ご自身の作品についてなども、お聞きしようかと思っています。
まず、お聞きしたいのですが、今日、経済、少子高齢化、震災、原発、難民問題など、多くの問題が山積し、アメリカではトランプ大統領が誕生し、排外的な雰囲気がただよっています。まるでSFで見たような世界が到来しているように感じられるのですが、こういった「SF化した現代」をどう生きていけばよいとお考えですか?

眉村 それはですね。成人して20年を経過した人は、今の現実は全部SF的に見えるでしょう。ぼくなんかですと、一番リアリティがある時代というのは、昭和30~40年代ですから、そこから先は全く「未来」です。
今の若い人も、あと20年したら、もっと変わった世界になって、若い人との会話も通じなくなってきますよ。そしたら、その時代はSFみたいなものです。
明治からこのかた、生きている人間にとっては、20年経ったら、全てはSFに生きているような感じだったんじゃないかな。特に大正から昭和に入ってからは、10年がそれより過去の50年くらいに当たるかもしれません。

――人はみな、青春時代以降は未来に生きていると。

眉村 ぼくもそうでしたが、生きていくにはどうしたらいいのかわからない世界であっても、今の中年以降、年寄りは自分が「時間旅行」や「タイムスリップ」をしてきた「未来滞在者」のつもりで、生きていけばいい。
未来に来ているんだと思って、新しいものに馴染めばいい。そうしないと生きていけないんですよ。

●「モーロク・ファンタジー」を書いています

――眉村先生は83歳の現在も旺盛に作品を発表していらっしゃいますね。

眉村 今も、新作を描き下ろし中です。「モーロク・ファンタジー」というのを考えています。

――「耄碌ファンタジー」ですか!?

眉村 「耄碌」というより「モーロク」のほうが、こっちの気持ちに近いんですがね。

――それは、一体どういうファンタジーなんでしょうか?

眉村 小説というと、環境や権力といった、自分を抑えつける者に対する抵抗のための文学という側面がありますよね。下からの抵抗。「下から目線」というか。
でも、今のSF作家の中には「上から目線」だけになっている人も多い。「上から目線」だけじゃ、それは小説にはならない。
「上からの目線」と、「下からの目線」を併用して書かなければならないんです。
特に、若い人の作品には、すぐにエリートがでてくる。「自分がこうだったらいいな」という頭のいいエリート。
それに科学技術の最先端に寄せすぎると、ドラマにリアリティが伴わないんですよね。

――確かに、近作「終幕のゆくえ」(双葉文庫)では、人生の「終幕」を目前にした老人が、不思議な出来事にまきこまれるSF/ファンタジー短編集ですが、一人暮らしの老人の日常にとてもリアリティがあります。

眉村 今、ぼくの書いているものは、SF小説としては極めて時代遅れだと思うんですよ。今のSFの流れの中ではね。
でも、これはぼくにしてみれば、新しい小説の分野だと思うんですよね。少し前までは私小説のような「私ファンタジー」と言っていたのですが、最近はモーロク・ファンタジーと言っているんです。
今20歳、30歳の人に40代の頃のことはわかりませんし、今60歳でも70代、80代のことはわからないことは多い。そういったことを書いていくと面白いですからね。

――SFとは未知の世界を描くだと思いますが、確かに若者にとっては老人の世界は未知の世界ですね。

眉村 60代、70代の人にとっては、こういう作品はいいと思うし、読者が一人もいなくても構わないと思って書いたのに、意外にも20代の人でも面白いという人がいるんですね。そう言ってくれるのであれば、少しは書く意味があるかなと思います。

●新作は眉村流・異世界ファンタジー!?

――眉村先生は、昔から一個人の目を通して社会や組織を描く作品が多く書かれていましたが、最近は組織を離れた老人を描かれることが多いですね。

眉村 組織を書くのは50代で疲れてしまったし、自分には関係ない感じになってきた。60代になってからは、本当の個人を書くようになってきた。企業の幹部になった友だちの話を聞いても、外部にいるぼくなどには、へーえ、というしかない。
「組織を動かしている」といっても、全部、自分の部下がやっていて、仕事にタッチできないわけでしょう。重役になった途端に、金も部下もいない、秘書だけで、やることはハンコを押すばっかり。株主総会ごとにクビになるかもしれない。友人は「こんなもんだと思わなかった」というんですね(笑)。
そういう話を聞いていると、組織を書いても面白味がなくなってきた。そうなれば、辞職した国会議員みたいに、書くものは回顧録しかない(笑)。

――今後、長編を書かれるつもりはないのですか?

眉村 今、考えているのは……今の若い人が書くライトノベルでは、異世界に行くようなものが全盛ですよね。でも、異世界に行って、本当にエリートになるっていうのは大変ですよ。
若い人に「もし、あなたが若くてエリートの異世界の王子になれるんだったら、なりますか?」と聞いてみると、「行く」という人も5人に1人くらいはいるでしょう。
でも、実際にはクーデターとか、革命とか、暗殺とか、いろんな大事件が起きる国の運営をしなきゃいけないとなると、ものすごくしんどいですよ。
そういう、お父さんの王様が死んでしまって、主人公の王子が、反乱や革命を食い止めるために死に物狂いになっているところを、徹底的にリアルに書いていく。
主人公をその世界に送り込んだ存在がいて、人知れず賢い参謀ロボットみたいなのを用意していて、そいつに聞けばいろいろ教えてくれて、アドバイスもくれる。
どうなるかわからない世界が破滅に至るまでを必死で食い止める青年の話を、大人の話を徹底的に書いたら面白いかなと。

――ファンタジーやSFというよりも、シミュレーション小説のような感じですね。

眉村 社会小説ですね。この小説が出来たら面白いでしょうけど、ただ、設計が難しいですね。別世界の『ダウントン・アビー』みたいな、架空の貴族社会の公爵か何かにして、最後に破滅が約束されたエリートの話ですね。ラストシーンは、こういう感じにしたいというのは、だいたい決まっているんですが。

――ぜひ、読みたいです!

●この世の中は「何でもあり」

――最近は不寛容な時代だと言われますが…。

眉村 ぼくは過去の人間、「未来滞在者」だから、この世の中は「何でもあり」だと思っています。何でもありの世界に入ってしまったと思えば、作家としては、むしろキリストとか、ガンジーみたいにすべてに寛容なキャラクターを、友人や秘書の立場で書いたらどうかなと思うんです。
何でもありの時代、不寛容な時代だから、寛容そのものの、全てを許す…女性ね。
そういうスーパーレディーがいて、主人公は彼女の従者みたいになっていく。
最後に、何らかの理由で滅んでいくんですが、その時に彼女が最後をむかえるんですが、じつは人間じゃない、作られた存在だとわかる。この世のものではない細胞があるとかね。
結局、だれが彼女を遣わしたかは最後までわからないんだけど。
これ、今思いついたんだけど、100枚位で書いたらいいんじゃないかな。よくある話かもしれないけど、書きようでは十分面白くなりますよ。ま、こっちにそれだけの腕があるかどうかいささか怪しい気がしますが。

――次から次へとアイデアが湧いてきて、本当に驚きます! 

眉村 そんなアイデア群、ぼくは書く時間がないから、差し上げますよ。ぼくは忘れますから、あなたが書いてみたらいかがですか?

――いえいえ、とんでもない! ぜひ先生の作品として拝読したいです。本日はありがとうございました。

眉村 卓(まゆむら・たく)

「作家。1934年、大阪市生まれ。大阪大学経済学部卒。サラリーマン生活のかたわら同人誌「宇宙塵」に参加。1961年、SFマガジン第一回SFコンテストに「下級アイデアマン」で佳作入選。1964年、『燃える傾斜』を刊行。65年に専業作家となる。
1979年『消滅の光輪』で第7回泉鏡花文学賞と第10回星雲賞を受賞、1996年に『引き潮のとき』(第27回星雲賞受賞)。代表作は『司政官』シリーズ、『不定期エスパー』、『カルタゴの運命』など多数。映像化された作品としては『妻に捧げた1778話』(『妻と僕の1778話』)、『ねらわれた学園』、『なぞの転校生』、『まぼろしのペンフレンド』、『時空の旅人 とらえられたスクールバス』、「名残の雪」(『幕末未来人』『幕末高校生』)、「工事中止命令」(『迷宮物語』)などがある。大阪芸術大学(文芸学科)、同大学院などで後進の育成につとめ、同大学を退いた後もカルチャーセンターで文学教室の講師をしている。



取材構成・山科清春
(平成29年2月6日 大阪にて)

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